人事戦略とは、自社の経営戦略にもとづき、人材の採用や育成、配置などの人事活動を計画的に実施することです。経営目標を達成するために人材をマネジメントする戦略人事とともに、自社の人事課題を解決に導きます。
人事戦略に取り組むなら、フレームワークの活用が有効です。自社を取り巻く状況や課題、やるべきことなどが明確になり、スムーズに人事戦略を進められます。本記事では、人事戦略に役立つフレームワークや戦略の立て方などについて解説します。
目次
人事戦略の重要性が高まる背景
人事戦略の重要性が高まっている背景として、働き方や価値観の多様化が挙げられます。近年は「ワークライフバランスを実現できる企業で働きたい」と考える求職者が増え、テレワークやフレックス制、パートタイムなど、働く場所や時間、雇用形態にとらわれず自分に合った働き方を選択するようになりました。採用を成功させるためには、そのような多様化した働き方へのニーズをとらえ、対応することが必要です。
また人事戦略は、優秀な人材の流出を防ぎ、定着させるために必要です。日本では少子高齢化が大きな社会問題となっており、今後ますます労働力人口は減少すると予測されています。労働力人口が減少すれば、今よりさらに人材を採用しづらくなるため、既存の従業員にできるだけ長く働いてもらうための取り組みが求められます。
近年注目されている「人的資本経営」にも人事戦略は欠かせません。人的資本経営とは、人材を企業の「資本」として捉え、人材の価値を最大限に引き出すことで企業価値の向上につなげる経営手法です。人的資本に関する情報は、投資家などが企業の将来性を判断するための重要な指標となっています。
現在では、多くの企業が人材戦略と経営戦略の連動に力を入れています。学校法人 産業能率大学 総合研究所が発表した「戦略的人材マネジメント実態調査報告書2022」によれば、人材戦略と経営戦略の連動に取り組んでいると回答した企業は、全体の6割にものぼりました。
出典:学校法人 産業能率大学 総合研究所「戦略的人材マネジメント実態調査報告書2022」
人事戦略に役立つフレームワーク5選
企業の成長や発展につながる人事戦略を実行するには、現状把握や分析を行い、自社の強みや課題を理解しなくてはなりません。そのためには、フレームワークの活用が有効です。フレームワークによって特徴やできることが異なるため、理解したうえで活用してみましょう。
1. 自社をめぐる状況を整理できる「SWOT分析」
SWOT分析とは、自社を取り巻く環境からプラス要因とマイナス要因を抽出し、分析する手法です。Strength(強み)とWeakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威)の頭文字をとってSWOT分析と呼ばれます。
分析する際には、縦軸に内部環境と外部環境を、横軸にプラス要因、マイナス要因を整理します。「強み」は自社商品やサービスの魅力、組織の得意分野などが該当します。「弱み」は自社商品やサービスの課題、組織が苦手とすることなどです。
自社にプラスの影響を与える外部環境の変化が「機会」です。反対に、マイナスの影響を与える外部要因を「脅威」といいます。同じ外部環境の変化でも、企業によってプラスに働くこともあれば、マイナスに働く場合もあります。自社にとってどのような影響があるかを考慮することが大切です。
SWOT分析のメリットは、自社の状況を客観的に把握できる点です。内部環境と外部環境のプラス要因、マイナス要因を可視化できるため、自社がどのような状況に置かれているのかを客観視できます。人事戦略においては、自社の人材や能力といった現状をSWOTの観点から評価することで、目標達成に向けて必要な人材や能力などの課題を明確にすることが可能です。
2. SWOT分析の後に実施すると効果的な「TOWS分析」
TOWS分析は、SWOT分析で可視化した情報にもとづき具体的な戦略を立案できる手法で、クロスSWOT分析とも呼ばれます。SWOT分析は、あくまで現状や課題の可視化のために行うものであり、そこから何をすべきかまでは把握できません。TOWS分析では、SWOT分析で可視化した強みと機会、弱みと機会、強みと脅威、弱みと脅威をかけあわせて、最適な戦略を導き出します。
たとえば、弱みが「離職率の高さ」、脅威が「強力な採用競合の存在」だとします。このケースであれば、福利厚生の充実など従業員の定着につながる施策を検討したうえで、魅力的な職場であることを積極的にアピールして差別化を狙うといった解決策を導き出せます。
TOWS分析は、SWOT分析で導き出したデータを最大限活用できます。分析を成功させるためには、目的を明確にしてから取り組み、自社や競合に関する正確な情報を取得しましょう。
課題解決方法の発見につながる「ロジックツリー分析」
ロジックツリー分析は、ひとつの課題をツリー状に分解するフレームワークです。課題の原因や解決策を検討するのに役立ちます。ロジックツリー分析では、課題をツリーのトップに配置し、そこから問題を深掘りして細分化していきます。
問題の根本的な原因や解決策をロジカルに導き出せるのがロジックツリーのメリットです。問題をツリー状に展開していくことで全体像を把握でき、問題の深掘りによって原因も特定できます。適切な解決策を導き出せるほか、アクションの優先順位も定めやすくなります。
人事戦略においても、ロジックツリーは有効なフレームワークです。たとえば、「3年以内に300名増員する」といった目標を打ち出しているのなら、それをツリーのトップに配置します。そのうえで目標を達成するのに何をすべきかを抽出し、細分化することで自社のやるべきことを明確にできます。
ロジックツリーは手描きでも作成できますが、従業員間で共有するのなら視認性にも配慮が必要です。Excelで作成できるほか、インターネット上でダウンロードできるテンプレートもあるので利用してみましょう。
人材を経営資源として捉える「PPM分析」
PPM(Product Portfolio Management)分析は、1970年代から利用されているフレームワークです。もともとは経営資源の投資配分を見極めるために用いられていた分析手法で、現在では人事戦略にも活用されています。
PPM分析では、市場成長率と市場占有率を2軸とし「問題児」と「花形」「金のなる木」「負け犬」の4視点で投資配分を検討します。「問題児」とは、現状は多額のコストがかかっているものの、成長後は組織への貢献が見込める人材のことです。「花形」は現状における組織への貢献度が高い人材を意味します。「金のなる木」は投資によって組織に大きな利益をもたらしてくれる人材で、「負け犬」は投資する価値がない人材を指します。
上記の4つの分類のうち、企業が最も重視すべきは「金のなる木」です。金のなる木に分類された人材への教育やサポートなど、十分な投資を実行することによって、今後組織に大きな利をもたらす人材への成長が期待できます。
目標達成に向けた過程を可視化できる「ビジネスロードマップ」
ビジネスロードマップとは、目標達成までの道のりを整理・可視化できるフレームワークです。最終目標となるKGIと中間目標のKPI、達成期限などを設定したうえで運用し、目標管理を行います。
たとえば、現状100名の従業員が在籍している企業で、1年後に従業員数を200名にしたいケースで考えてみましょう。このケースでは、KGIが従業員数200名、達成期限が1年です。さらに、1年をいくつかのスパンで区切り、KPIを設定します。3カ月後は130名、6カ月後は150名、9カ月後は180名といった具合です。
これによって、時点ごとの達成率を把握できます。3カ月後や6カ月後にKPIを達成できているかどうか、未達成の場合はどれくらい足りないのかといったことを把握でき、組織としてやるべきことも見えてきます。
ビジネスロードマップを作成する際には、ゴール・期限・KPIだけでなく、考えられる課題やリスクも抽出しておきましょう。人事戦略を実行するにあたり、イレギュラーなトラブルやリスクの発生はつきものです。あらかじめ抽出し、関係者間で共有しておけばいざというときもスムーズな対応が可能です。
人事戦略でフレームワークを実践する際のポイント
フレームワークの活用によって、スムーズな人事戦略の遂行が実現します。各フレームワークの特徴を把握し、適切に活用すれば人事戦略へ大いに役立てられ、企業としての成長にもつながります。一方で、人事戦略にフレームワークを活用する際には、覚えておくべき大切なポイントがあります。
まず、フレームワークの使用そのものが目的とならないよう注意しなくてはなりません。フレームワークはあくまでも人事戦略を効率的に行うための手段であるため、フレームワークの使用そのものが目的となっては本末転倒です。フレームワークを使用する目的を常に意識することが大切です。
フレームワークで導き出した分析結果は必ずしも正しいとは限らないため、結果に固執しすぎないのも大切なポイントです。フレームワークの分析結果があまり良くない場合でも、自社で活躍できる人材である可能性はあります。分析結果を参考にしながらも、人事に携わる担当者の目や知識、経験則を活かし、柔軟に採用活動に取り組みましょう。
基本的な人事戦略の立て方
基本的な人事戦略を理解していないと、フレームワークを活用しても成果につながらないおそれがあります。まずは、基本的な人事戦略の方法について理解を深めることから始めましょう。
経営戦略に沿った人事目標を定める
人事戦略は、自社の経営戦略に沿う必要があります。企業の最終的な目標を達成するために人事戦略は存在します。経営戦略に沿った人事戦略でなければ、自社の目標達成に不要な人材ばかり集めてしまい、いつまで経ってもゴールへ近づけません。
このような事態を回避するために、人事戦略を立案する前にまずは自社の経営戦略を確認しておく必要があります。企業理念や将来的に実現を目指しているビジョンなどを把握したうえで、経営戦略に沿った人事目標を設定しましょう。
目標の実現にあたり課題となることを洗い出す
人事目標と現実とのギャップを把握しないと、取り組みが非効率になってしまい、目標を達成できません。目標達成の障害となりうる課題の抽出を進めましょう。
たとえば、目標を達成するだけのリソースが足りない場合は、採用力の強化と必要な人員の確保を目標として設定します。人員数は確保できているものの、経営目標をなかなか達成できないケースでは、個々の従業員が力を発揮できていないのかもしれません。この場合は、従業員への育成や労働環境の見直しなどを実施します。
ほかにも、「人材を多く採用しなければならないのに、求人広告を出稿しても応募がほとんどない」や「人材を採用しても短期間で離職してしまう」などの課題が考えられます。
課題を把握しないことには効果的かつ具体的な対策を打ち出せません。スムーズに人事戦略を進めるためにも、関係者間で情報を共有しつつ丁寧に課題を抽出していきましょう。
必要な人物像を定めて採用計画を立てる
目標達成に必要な人物像を明確にしましょう。従業員に求める役割や実務に要するスキル、経験、マインドなどを明確にします。ここが曖昧では、採用した人材が活躍できずすぐ離職してしまうといったことが起こり得ます。
自社が求める人物像を定めたら、具体的な採用計画を立てましょう。目標の達成に必要となる従業員の数や採用の方法、配置などの計画を立てます。
また、人材を採用したあとは、早期離職とならないよう配慮しましょう。採用した人材が早期に辞めたとなると、これまで費やした時間やコストが無駄になるばかりか、再度採用活動を展開する必要があります。企業にとっては大きな痛手であるため、人材の早期離職を防ぐ取り組みが求められます。
採用方法に関しても入念に計画しましょう。求人情報誌や求人サイトへ広告を出稿して応募者を募るといった受動的な方法以外にも、現在ではソーシャルリクルーティングやリファラル採用などの能動的な採用方法があります。従来の採用方法に捉われることなく、新たな方法にも目を向けてみてください。
選考の際に筆記テストを実施するのなら、オンラインテスト作成サービス「ラクテス」の利用も検討してみましょう。ラクテスでは、作成したテストのURLを共有することで簡単にテストを受けてもらうことができます。100種類以上のテストを用意しているので、様々な職種における人材のスキルを正しく測ることができます。無料プランもありますので是非お試しください。
参考にしたい! 人事戦略の具体例
人事戦略に取り組みたいものの、具体的に何をすればよいのかわからないと悩んでいる企業経営者や人事担当者も少なくないはずです。その場合、他社の取り組みが参考になります。
<h3>ANAホールディングス株式会社</h3>
ANAホールディングス株式会社では、人財を自社の貴重な資産とみなした人事戦略を展開しています。同社では、人は消費するだけのリソースではなく、利益と長期的な成長に直結する最大の資産であると認識しています。
人事戦略として推進している取り組みのひとつが健康経営です。従業員の笑顔がお客様の笑顔につながると考え、2016年に健康経営を宣言しました。従業員の健康を管理するためのシステムを構築したり、女性特有の疾病対策に注力したりしています。
ほかにも、同社ではテレワークやフレックスタイム制の導入など、働き方改革の推進にも積極的です。多様な働き方ができる職場づくりを進めると同時に、RPAをはじめとするデジタル技術の導入による業務効率化、従業員への負担軽減も進めています。
株式会社丸井グループ
株式会社丸井グループは、純粋持株会社制の採用により、グループ共通人事制度の導入を実現しました。同制度の「職種変更」は、グループ会社間で異動できる独自の仕組みです。ひとつの職種にとらわれず新しい職種を経験することで、従業員のスキルやノウハウの向上につながります。また、年齢や役職に関係なくディスカッションが可能なグループ横断プロジェクトも実施しています。
同社における人事戦略のひとつが、従業員たちの手により改定された人事評価制度です。人事部門が作りあげたものでなく、従業員たちの議論によって誕生しました。この評価制度により、個々の能力や資質を正当に評価しやすくなり、チーム意識やモチベーションの向上につながっています。
まとめ
多様化する価値観や働き方に対応し、従業員の離職を回避するためには、適切な人事戦略の立案と実行が求められます。人事戦略に取り組むなら、フレームワークを活用すると現状や課題の可視化、把握に役立ちます。フレームワークごとの特徴を理解したうえで、自社の人事戦略に活用してみましょう。また、すでに取り組みを進めている他社事例を参考にするのもおすすめです。