活発な企業活動を継続させる上で、従業員の意欲を高めることは非常に重要です。昨今では、多くの企業でさまざまな取り組みがされています。
本記事では、代表的な取り組みであるウェルビーイング経営について紹介します。
目次
ウェルビーイング経営とは?
ウェルビーイング経営とは、従業員の満足度や仕事への意欲を高める手法のひとつです。ウェルビーイング(well-being)とは〝幸福〟や〝健康〟とも訳され、心身ともに健康である状態を示す概念です。従業員が心身ともに健康であると、仕事に対する意欲も高まり、結果として企業全体に好影響を与えます。そこから、従業員一人ひとりの幸せを目指す経営をするべきと、多くの企業で注目されている考え方です。
ウェルビーイング経営が注目される背景
それでは、ウェルビーイング経営はなぜ注目を集めているのでしょうか。その背景を、大きく3つ紹介します。
価値観や働き方の変容
インターネットの普及による情報伝達技術の発達に伴い、近年は国籍や文化を問わず、さまざまな価値観の人々が共に仕事をする時代になりました。それだけではなく、働き方も人それぞれになってきていることは、多くの人が感じているでしょう。
ダイバーシティ(多様性)という言葉が認知されるようになったように、現在はさまざまな価値観を認めるべきという考えが広がってきています。企業が従業員を選ぶだけではなく、従業員も自身の価値観に応じて企業を選ぶ時代になりました。労働人口が減っている状況をかんがみても、多くの価値観や働き方を受け入れる姿勢や体制を作るのは、優秀な人材を獲得するためにも喫緊の課題といえます。
SDGsへの注目の高まり
SDGsとは持続可能な開発目標という意味で、2015年に国連サミットで採択された国際的な目標です。2030年までに持続可能でより良い世界を目指すといったもので、17のゴールと169のターゲットが設定されています。
その中に〝GOOD HEALTH AND WELL-BEING(すべての人に健康と福祉を)〟というゴールがあり、まさにウェルビーイングが掲げられているのです。
株主至上主義からの脱却の動き
株主第一主義を推進してきた米国のビジネス・ラウンドテーブル(※)が、2019年8月に株主至上主義からの脱却を宣言しました。
それまでは企業は第一に株主に仕えるという原則をうたってきましたが、これを機に株主だけではなく、顧客や従業員、地域社会なども重視するという方針に切り替わったのです。
時代に合わせた見直しだと発表されたこの声明には、アップルやアマゾンといった大企業のCEOも署名したと、当時は大きな話題を生みました。
これが大きな影響となり、企業理念やビジネスモデルといった、非財務情報の重要度が高まりました。これからの時代は、人や組織、社会を大事にする企業が求められています。
※ビジネス・ラウンドテーブルは、米国の主要企業の経営者をメンバーとする団体。ビジネスに関する問題を現実的に解決しようと、数多くの声明を発表している。
ウェルビーイング経営の企業へのメリット
社会的な背景から注目されているウェルビーイング経営ですが、もちろん企業にも従業員にも大きなメリットがあります。
離職率の低下
持続的な経営を行うためにも、従業員の離職は避けたいところです。ウェルビーイング経営に取り組むことは、離職率の低下に大きく貢献します。
内閣府や厚生労働省の調査から近年の離職理由の傾向を見てみると、給料への不満の他、人間関係、労働環境に関する理由が多くを占めています。これは新卒、中途社員にかかわらず出ている傾向で、従業員のエンゲージメントを向上させることがいかに重要かを物語っています。
【参照】
・「平成30年版 子供・若者白書(全体版) 特集 就労等に関する若者の意識:初職の離職理由」(内閣府)
・「令和2年雇用動向調査結果の概要:転職入職者が前職を辞めた理由別割合」(厚生労働省)
採用率の向上
終身雇用制度が崩壊した近年では、定年まで安定的に勤められる可能性が低くなってきました。また少子高齢化の影響もあり、老後にもらえる年金も少なくなると予想されています。これらの要因から、従業員が生活に抱く不安は非常に高まっています。
働き方改革などの影響もあり、自分のキャリアは自分で作っていくものであるという考え方が、求職者のスタンダードとなりつつあります。それゆえに求職者は企業選びに慎重となり、快適かつ長期的に働けて、自分らしくキャリアを積み重ねられる企業を選ぶことが多いです。
ウェルビーイング経営で従業員の幸せを高めているかどうかは、求職者の大きな判断基準になるのです。
生産性・企業価値の向上
過酷な労働環境は、従業員の体調を崩すことになりかねず、結果として生産性の低下をもたらします。従業員のアブセンティーズムや、プレゼンティーイズム(プレゼンティズム、疾病就業)の改善に取り組むことは、生産性向上には欠かせません。
アブセンティーズムとは従業員が出勤できない状態(欠勤、遅刻、早退)を示し、プレゼンティーイズムとは、会社に出勤しているにもかかわらず、寝不足や腰痛などの悩みを抱えていることで、生産性などが下がっている状態のことを示します。
また、ウェルビーイング経営によって高まった従業員の意欲はサービスの質を向上させ、顧客の信頼感を獲得できます。そういった評価は売上だけではなく、企業価値の向上にもつながります。企業価値の向上が続けば、株価の向上にも期待が持てます。
ウェルビーイング経営の従業員へのメリット
それでは次に、従業員へのメリットを紹介します。
従業員のエンゲージメントの向上
まずひとつ目が、エンゲージメントの向上です。エンゲージメントと満足度は混同されがちですが、満足度は文字通り〝会社に対する満足度〟という意味を持つのに対して、エンゲージメントは〝自発的に会社へ貢献する意欲〟を意味しています。
従業員のエンゲージメントは、従業員が会社のパーパス(purpose)にいかに共感できるかにあります。そういった共感は企業理念だけではなく、従業員に対する日頃の接し方からも生まれるものです。
顧客のみならず、従業員を大切にするウェルビーイング経営は、従業員の心に大きなアプローチをかけられます。
自分を大切にしてもらえているという実感から、こういう企業で長く働きたいと思ってもらえれば、その意欲はいずれ、仕事への意義につながっていきます。自分を大切にされた従業員は、自然と周囲のメンバーも大切にするでしょう。
メンバー間の結びつきが強く、やりがいを感じながら仕事に従事できれば、エンゲージメントはどんどん向上していきます。
従業員満足度の向上
ウェルビーイング経営によって福利厚生を充実させれば、それはそのまま従業員の満足度向上に結びつきます。生産性やエンゲージメントを高めるためには、まず会社の居心地がいいと感じてもらうことが重要です。
満足度の向上には福利厚生の拡充以外にも、企業理念や目標の共有や適材適所の人材配置、業務の効率化など、さまざまな取り組みがあります。
従業員の心身ともに健康な状態を維持
従業員の健康を大切にする経営は、コストではなく投資であるという考え方が広がりつつあります。その背景には、さまざまな企業や団体による調査結果があります。
ジョンソン・エンド・ジョンソンが発表した資料では、健康経営に対する1ドルの投資で、3ドルのリターンがあるという結果が出ました。また、経済産業省が調査したところによると、健康関連のリスクによっては、一人あたり30万円の損失が出てしまうことが分かっています。
従業員の健康を改善することで、損失を抑えつつ成果にもつながることがうかがえます。
ひとつ注意すべき点は、アブセンティーズムだけではなく、プレゼンティーイズムに着目しなければならないことです。従業員の医療関連にかかるコストを見ると、医療費よりもプレゼンティーイズムにかかるコストの方が高いという指摘もあります。
従業員の心身ともに健康である状態とは、単純に欠勤や遅刻が減れば達成されるものではないことを理解しておきましょう。
ウェルビーイング経営に取り組むには
ウェルビーイング経営では、どんなことに取り組めばいいのでしょうか。大きなポイントは3点あります。
コミュニケーションを活性化させる
第一にあげられるのは、会社全体を通してコミュニケーションを円滑にすることです。
前述のとおり、離職には人間関係が大きく関係しています。一見して問題なさそうに思えても、悩みを誰にも相談できずに、問題が表面化していない可能性は否めません。
大切なのは、コミュニケーションの範囲を上司と部下だけではなく、同僚や先輩、別チームへと広げていくことです。上司との面談だけではなく、人事担当やメンターによる1on1ミーティング、オンラインでも参加できるランチ会など、多くの人と関われる機会を作りましょう。また、従業員が思わず行きたくなるようなオフィスを作るなど、物理的なアプローチも有効です。悩みが深刻になる前に気軽に話せる環境作りが、コミュニケーションの活性化を大きく左右します。
福利厚生の充実と利用を促進する
福利厚生を充実させるのも、従業員の満足度やエンゲージメントを高める有効な手段です。近年の福利厚生は、食生活や運動のサポート、レジャー施設の優待など、多岐にわたっています。急にあれもこれもと一気に充実させるのは難しいこともあるので、従業員がどんな価値観を持っているのかを調査した上で、ニーズが高いところから手をつけていきましょう。特定の分野のみにかたよらず、従業員が自由に内容を選べることも重要です。
また福利厚生は、拡充させるだけではなく、利用を促進することも大切です。福利厚生で受けられるサービスがあることは知っていても、その利用方法が分からないといった状況では意味がありません。福利厚生の拡充と利用方法の共有はセットであると考えましょう。
その際、利用方法が煩雑ではないかも意識するとなおよいでしょう。また、利用者にインタビューをして社内報で紹介するなど、実際に利用客がいることを示すことも、福利厚生の利用を促す取り組みになります。
残業に関するモニタリングを行う
コミュニケーションの活性化や福利厚生に加え、労働環境も改善が必要です。そのためには、実態を把握することが必要不可欠です。
勤怠管理システムを用いて、時間外労働が極端に多い従業員はいないか、定期的にチェックを行いましょう。状況に応じて、面談を実施して詳細な聞き取りをすることも必要です。また、勤怠管理システムでは把握しづらい休憩時間については、従業員アンケートなどを活用してモニタリングを行います。
ウェルビーイング経営の事例
ここからは、ウェルビーイング経営の事例を紹介します。どの企業もすばらしい取り組みをしているので、自社に取り入れられそうなことは、積極的に取り入れていきましょう。
楽天グループ株式会社
楽天グループの楽天ピープル&カルチャー研究所は、新しい時代に合った持続的なチームの在り方を考えるきっかけとして、「コレクティブ・ウェルビーイング」に関するガイドラインを作成しています。
このガイドラインでは、「企業」と「働く個人」の両側面から、「仲間」「時間」「空間」を三間(さんま)と定義し、それぞれに「余白」を設けることが大切だとしています。三間とは、仲間であれば仕事から離れた雑談、時間であれば計画的な休息時間、空間であれば働く場所の選択肢の提供などが例としてあげられています。
楽天グループはこのガイドラインに従い、ランチタイムにコミュニケーションを楽しめるカフェや、フィットネスジムを整備しています。また、会社でラジオ体操の時間を設けるなど、従業員が自然と業務から離れる間を作る取り組みも特徴的です。
株式会社アシックス
株式会社アシックスは、従業員とその家族のウェルビーイングに取り組むとして、健康経営宣言をしています。プログラムの一環として従業員に保健師による面談を実施するなど、従業員の健康状況を把握する取り組みが盛んです。そこから現在の健康度合や健康寿命の予測を行い、一人ひとりに合った健康増進プランの提供をしています。
さらにシャワー室を備えたアトリウムの設置や、運動推進セミナーの開催など、従業員が運動に取り組める施策も実施しています。運動の時間を取れるよう、プレミアムフライデーやノー残業デーも積極的に活用しています。
取り組みの内容や成果は2018年から年次レポートが公表されており、情報の透明性も確保されていることが分かります。
味の素株式会社
味の素株式会社も株式会社アシックスと同様に、2018年に健康宣言を行い、ウェルビーイング経営に取り組んでいます。同社では、健康のためのポータルサイト「My Health」を開発・運用しています。これは健康のセルフ・ケアを目的にしており、毎年の健康診断の結果などか可視化されるサイトです。そこにエンタメ性を持たせ、健康改善度合を算出し会社で表彰するなど、従業員が楽しみながら健康改善に取り組める仕組みを導入しています。
また、日々の健康状況を入力することでAIが栄養指導をしてくれるアプリ「カロママプラス」もあり、健康管理とデジタルの掛け合わせに注力しているのが特徴的です。年に最低でも一回は面談を行うなど、デジタル以外の施策も豊富です。
株式会社デンソー
株式会社デンソーのウェルビーイング経営は、個人だけではなく、部署単位で健康改善に取り組む施策に、独自性が見られます。各部署には「健康リーダー」と呼ばれる従業員がおり、自身の部署に所属するメンバーの特性や悩みを元に、部署ごとに違った施策を打ち出します。座ったままでストレッチを行う部署もあれば、山登りやマラソンなどを行う部署もあるようです。
上から指示されるトップダウン方式では、やらされている意識が強くなる取り組みも、チーム全体でレクリエーションのように実施できれば、自発的な運動を促せることがうかがえます。
また本社にトレーニングルームを設置するなど、気軽に運動ができる環境作りにも注力しています。
まとめ
従業員が心身ともに健康である状態を目指すウェルビーイング経営は、時代の変化に伴って重要度を増しています。生産性やエンゲージメントの向上など、企業と従業員の双方にメリットがあります。
ウェルビーイング経営のポイントには、コミュニケーションの活性化や福利厚生の充実があげられ、各企業でバラエティーに富んだ取り組みがされています。
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