1on1で離職率は下がるのか?

1on1で離職率は下がるのか?

月曜日の朝9時、人事部のメールボックスに退職届が届いている。飲食チェーンを展開するA社の人事課長は、今月だけで3通目のその書類を開きながら、思わずため息をつく。

退職者の直属の上司に聞くと、「特に問題はなかったはずです。先週も普通に働いていました」という答えが返ってくる。エンゲージメントサーベイではやや不満程度だった社員が、ある日突然いなくなる。理由を聞いても「一身上の都合」としか書かれていない。

もちろん、本人にとっては突然ではなかったはずです。周囲がそのサインに気づけなかっただけかもしれません。こうした光景に心当たりのある人事担当者は多いのではないでしょうか。

厚生労働省の最新統計(令和6年・2024年の雇用動向調査)によれば、日本全体の平均離職率は14.2%。しかし業種によって事情はまったく異なり、宿泊業・飲食サービス業では25.1%に跳ね上がります。パートタイム労働者に限れば29.9%と、およそ3人に1人が年間で辞めている計算です。

そしてもう一つ、人事担当者を悩ませるデータがあります。離職理由の内訳です。同じ調査で離職率14.2%のうち個人的理由が10.7%と大部分を占めますが、中身の大半は「その他の個人的理由」という分類です。つまり具体的に何が原因なのか、企業側からは見えないブラックボックスなのです。

本人都合だから仕方がないと片づけてしまえばそれまでですが、本当にそうでしょうか。米国の大手調査会社ギャラップが2024年に実施した調査では、離職者の42%が「会社側が何かしてくれれば辞めなかった」と答えています。さらに別の質問では、退職する前の3か月間に仕事への満足度や将来について上司から一度も聞かれなかったと答えた人が45%にのぼりました。

つまり、辞める人の多くは誰にも聞いてもらえなかったのです。

本記事では、部下に聞くという行為を仕組みにした1on1ミーティングが、なぜ離職率の改善に効果があるのか、どんな条件で効果が出て、どんな場合に逆効果になるのかを、国内外の研究データと企業事例をもとに解説します。

📌 この記事で分かること

・離職1人あたりのコストと、1on1の投資対効果の試算方法
・上司と部下の関係が離職に与える影響の学術的根拠
・定期的な1on1でエンゲージメントが3倍になるデータ
・1on1が逆効果になる4つの構造的な失敗パターンとその対策
・Adobe、楽天、パナソニック コネクト、ヤフー、DeNAなどの企業事例
・高離職業種でも運用できる現実的な1on1の実施パターン
・先行指標・遅行指標を組み合わせたKPI設計
・すぐに使える議題ガイド、質問集、品質チェックシート

1. 離職が企業に与えるインパクト

1-1. 離職1人あたりのインパクトを数字で知る

転職は個人の正当な選択です。しかし、企業として向き合うべきなのは、本当は辞めたくなかったのに辞めざるを得なかった人がいるという現実です。そうした「防げたはずの離職」が企業にどれだけの損失をもたらすか、まず数字で確認しておきましょう。

1on1の導入を社内で提案するとき、最初に問われるのは「それはいくらかかるのか」「効果はあるのか」という点です。

ギャラップの推計によれば、1人の社員が辞めたときの交代コストは、現場社員で年収の約40%、専門職で約80%、管理職クラスになると約200%にのぼります。採用費、面接にかかる時間、入社後の研修、戦力化までの生産性の落ち込み、さらには残ったメンバーの士気低下やノウハウの流出まで含めると、目に見えないコストは想像以上に大きいのです。

1-2. モデルケースで試算する

たとえば、従業員1,000人・離職率25%の企業を想定してみましょう。毎年250人が辞める計算です。平均年収を350万円、交代コストを年収の40%とすると、年間の離職コストは約3億5,000万円。ここに管理職や専門職の離職が加われば、コストはさらに膨らみます。

一方、1on1の導入コストはどうでしょうか。管理職1人あたりの時間コストを、賃金構造基本統計調査(令和6年)の役職別賃金に法定福利費(社会保険料の会社負担分、約15%)を加えて概算すると、課長級で月あたり約4万4,000円、係長級で約3万3,000円程度です。これは隔週30分の1on1を8名の部下に実施した場合の金額です。

項目 金額 算出根拠
1on1の月次コスト(課長級) 約44,000円/月 月給512,000円×1.15(法定福利費)÷160時間×12時間(隔週30分×8名+準備記録)
1on1の月次コスト(係長級) 約33,000円/月 月給385,900円×1.15÷160時間×12時間
離職1人あたりのコスト 約140万円 年収350万円×40%(現場社員の交代コスト)

※ 法定福利費は約15%で概算しています(健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険等の事業主負担分)。オフィス賃料や管理部門の間接コストは含んでいないため、実際の人件費単価はこれより高くなります。自社で試算する際は総額人件費をもとに算出してください。

つまり、管理職が月に12時間ほどを部下との対話に使うことで、1人でも離職を防げれば投資は十分に回収できる計算になります。ただし、大切なのは1on1の質とやり方です。では、どのような条件のもとで1on1は効果を発揮するのでしょうか。

2. 1on1はなぜ離職率を下げるのか

2-1. 上司と部下の関係がすべてを左右する

ギャラップが自社の大規模調査をもとに提唱した「人は会社を辞めるのではなく上司から離れる」という知見があります。実際、同社の調査によれば、チームのエンゲージメント(仕事への熱意や関与の度合い)の実に70%は直属のマネージャーによって決まるとされています。上司がどんな人で、どんなコミュニケーションを取るかが、部下がこの会社で働き続けたいと思えるかどうかに直結しています。

上司と部下の関係の質を扱った学術研究も、この知見を裏付けています。Dulebohn et al.(2012)が247件の研究を統合的に分析したメタ分析では、上司との関係が良好な社員ほど「辞めたい」という気持ちが明らかに弱いことが確認されています。この傾向は業種や国を問わず一貫したものです。

ただし、辞めたいという気持ちが弱いことと、実際に辞めないことの間にはギャップがあります。上司との関係だけで離職を完全に食い止められるわけではありません。給与、労働条件、キャリアの見通し、家庭の事情といったさまざまな要因が絡み合って、最終的な離職という行動につながります。

📌 1on1の本当の役割

1on1は離職率を直接下げる魔法ではありません。1on1の本当の役割は、離職につながる不満や悩みを早期に可視化し、解決につなげる入口です。そこから先の対応(配置調整、負荷の見直し、育成の強化など)が伴ってはじめて離職率に影響します。

2-2. 定期的な対話はエンゲージメントを3倍にする

では、1on1の入口としての効果はどのくらいあるのでしょうか。ギャラップが数百万人規模の調査から導き出した知見は明快です。定期的に上司と1on1を行っている社員のエンゲージメント率は、そうでない社員の約3倍。定期ミーティングのない社員でエンゲージメントが高い割合は、わずか15%程度にとどまります。

さらに、週に1回、意味のある対話をしている社員は、エンゲージメントが4倍高いという結果も出ています。ここでいう意味のある対話とは、業務目標の確認や仕事への承認にとどまらず、強みの活かし方やキャリアにまで踏み込んだ会話のことです。

こうした個人レベルのエンゲージメント向上は、組織全体の成果にも波及します。同じギャラップの調査によれば、エンゲージメントの高い組織では離職率が平均で51%低いという結果が出ています。1on1だけでこの数字が実現するわけではありませんが、対話の頻度と質がエンゲージメントに影響し、エンゲージメントが離職率に影響するという連鎖は、データ上は一貫しています。

2-3. 生活に根ざした対話が離職を防ぐ

1on1で話すべきテーマは、業務の進捗確認だけではありません。上司が部下の家庭の事情や体力面の負担、生活との両立に配慮すると、部下の離職意向が明確に下がることが複数の研究で繰り返し確認されています。こうした生活面への配慮は、一般的な業務上のフィードバックよりも離職意向に強く影響するとされています。

これは特に離職率の高い業種で重要です。宿泊・飲食業やサービス業では、シフト制の負担、体力的なきつさ、家庭との両立の難しさが離職の大きな背景にあります。先述の政府統計で離職理由の大半がその他の個人的理由というブラックボックスだったことを思い出してください。このブラックボックスの中身は、まさにこうした生活に根ざした事情であることが多いのです。

1on1の場で「シフトで困っていることはないか」「体力的にきつい時間帯はあるか」「家庭の面で調整したいことはないか」と聞くだけで、上司は部下が抱えている問題の輪郭をつかめるようになります。そして1on1で聞いた内容をもとにシフトの調整や配置の見直しにつなげることで、辞めるしかないと思い詰めていた社員に別の選択肢を提示できる可能性が生まれます。

ただし、プライベートに踏み込みすぎることには注意が必要です。あくまで働き続けるために何を調整できるかという仕事との接点に絞って聞くことがポイントになります。なお、部下から相談を受けた内容を人事や他の管理職に共有する場合は、必ず本人の同意を得てください。

3. 実際に成果を出した企業の事例

理論やデータだけではなく、実際に1on1で離職率を改善した企業の事例を見てみましょう。

※ 以下の事例は各社の公開情報に基づく筆者の分析であり、当社が各社の取り組みに関与したものではありません。

3-1. Adobe(アドビ) 年次評価を廃止し離職率30%減

出典:Adobe Check-in(公式)Check-in Toolkit(PDF)

グローバルなソフトウェア企業であるアドビは、2012年に大きな決断をしました。従来の年次パフォーマンス評価を廃止し、チェックインと呼ばれる継続的な対話の仕組みに切り替えたのです。

チェックインでは、期待値の共有、フィードバック、成長支援という3つの軸で上司と部下が定期的に対話を行います。ランク付けや分布評価はありません。その結果、自発的な離職率が30%低下しました。注目すべきは、アドビがこのツールキットを公開している点です。何を話すかの構造がしっかり設計されており、上司が迷わず対話を進められる仕組みになっています。

海外の事例を見たところで、次に国内企業がどのように1on1を定着させているかを見てみましょう。

3-2. パナソニック コネクト CEOから全階層に広がる1on1

出典:パナソニック コネクト「活き活きと働くためのつながりづくり」

パナソニック コネクト(旧パナソニック コネクティッドソリューションズ社)は、組織風土改革の柱として1on1を全階層に展開しています。CEOから現場マネージャーまで、業務だけでなくキャリアやプライベートも含めた対話を定期的に実施しています。

特徴的なのは、部署や役職を越えた「クロス1on1」の仕組みです。専用ツール「C-MATCH」を導入し、社員がスキルや趣味などのプロフィールを公開して、メンター・メンティの区別なく自由に対話相手を検索・申込できるようにしました。2024年度実績では、1on1実施率94%、満足度84%、「話しやすい雰囲気」と回答した割合が90%に達しています。縦の1on1だけでなく横・斜めの対話を制度化することで、部門横断の連携とエンゲージメント向上を同時に実現した事例です。

3-3. 楽天 全社導入から7年で実施率97%の文化へ

出典:楽天グループ サステナビリティレポート(従業員の成長支援)

楽天は2017年に1on1を全社に導入し、2024年時点で実施率97%、満足度94%という極めて高い水準を維持しています。注目すべきは、この数字が制度の義務化だけでは達成できない水準だという点です。

定着の鍵となったのはコーチング研修の体系化です。楽天では管理職に対してコーチングスキルの研修を実施し、1on1が単なる業務報告の場ではなく、部下の成長を支援する対話になるよう設計しています。また、実施率と満足度の両方を定量的に追跡し、やっているかだけでなくうまくいっているかまで可視化していることが、品質の維持につながっています。

3-4. ヤフー(現LINEヤフー) 経験学習サイクルを対話に組み込む

出典:LINEヤフー「人材成長支援」

ヤフーは2012年に1on1を導入した国内の先駆的企業です。週1回30分の1on1を約7,000人規模で実施しています。

特徴的なのは、教育学の経験学習サイクルに基づいて1on1を設計している点です。人は経験を振り返り、そこから学びを引き出し、次の行動に活かすことで成長します。上司の役割は、この振り返りと学びの抽出を対話でサポートすることです。導入当初は「忙しくてそんな時間はない」という反発もありましたが、管理職向けにコーチング、ティーチング、フィードバックの3つのスキルを体系化した研修を実施したことで定着していきました。

3-5. DeNA 入社直後からメンターローテーションで対話を途切れさせない

出典:DeNA フルスイング「メンター育成制度に革命を。”永遠のベータ版”としてプログラム化」

DeNAの事例が示しているのは、1on1の相手は直属の上司に限らなくてよいという発想です。入社直後からメンターがローテーションで1on1を実施し、対話の記録を引き継ぐことで、配属マッチングの精度向上と早期離職の低減を実現しています。上司1人に負荷が集中しない設計は、後述するセクション6の「スキップレベルやメンターへの分散」にもつながる考え方です。

4. 1on1が逆効果になるとき

ここまで1on1の効果を見てきましたが、実際のところ、1on1はやり方を間違えると逆効果にもなりえます。

笑顔で1on1を終えた翌日に、部下から退職代行サービスを通じて辞職の連絡が来た。退職代行の利用が増える昨今、こうしたケースは決して珍しくありません。表面的にうまくいっているように見えても、部下の本音はまったく引き出せていなかったのです。

こうした事態はなぜ起きるのでしょうか。リクルートマネジメントソリューションズが2022年に実施した調査でも、1on1を進める上での課題として上司の面談スキルの不足上司の負荷の高まりが上位に挙がっています。つまり、制度として1on1を入れても、その質を担保する仕組みがなければ形骸化してしまうのです。

失敗する1on1には、共通する4つの構造的な問題があります。

失敗パターン 何が起きているか 研究が示していること
①評価の匂いが混ざっている この発言が査定に影響するのではと感じた瞬間、部下の本音は引っ込む 360度評価や査定情報を対話に混ぜると、効果がおよそ4分の1に縮小する(Dulebohn et al. 2012のメタ分析等)
②チェックリストの読み上げ 毎回同じ質問を同じ順番で聞いてメモして終わる。形式的には実施しているが中身がない スケジュール通りにやるだけの1on1は信頼関係にほとんど寄与しない(1on1の効果分析研究)
③上司が話しすぎる 指導やアドバイスが中心になり、部下にとっては説教の時間になっている フィードバックは平均的にはプラスだが、やり方を間違えると一定の割合でマイナスの効果が出る
④記録が監視ログになっている 1on1の記録が人事評価に流用されたり、本人の知らないところで共有されている 個人情報保護委員会もクラウド人事サービスの情報漏洩リスクを注意喚起

つまり、成長支援としての1on1と評価のための面談は、制度として明確に分けるべきです。記録の保存場所やアクセス権限も分離することが望ましく、アドビのチェックインがランク付けを廃止しているのも、この考え方に沿ったものです。また、1on1では部下の発話比率を70%前後に保つことが望ましいとされています(コーチング研究の一般的な推奨値)。上司はあくまで聞き役というスタンスが基本です。

5. 効果が出る1on1の設計条件

5-1. 頻度と時間

ギャラップの調査では、週1回の意味のある対話がエンゲージメントに最も強い効果を持つとされています。15分から30分程度の短い対話でも、継続的に行えば十分な効果があります。

とはいえ、シフト制や多店舗展開の業種では週1回の確保が難しいケースもあるでしょう。実務的な目安として、入社90日以内の新人には週1回10分から20分を確保したいところです。入社直後に起きやすいリアリティ・ショック(期待と現実のギャップ)は離職意思に直結するため、この時期の対話密度を上げることには明確な根拠があります。通常の社員であれば隔週から月1回30分、キャリアについてじっくり話す場は月1回から四半期に1回45分程度が目安です。

大事なのは頻度そのものよりも途切れさせないことです。「忙しいから今月はスキップ」が繰り返されると、部下は結局自分のことは後回しなんだと感じてしまいます。

5-2. 心理的安全性をつくる

グーグルが社内の180以上のチームを分析したプロジェクト・アリストテレスは、高いパフォーマンスを出すチームに共通する最大の要因が心理的安全性であることを明らかにしました。簡単に言えば、「何を言ってもこの場では大丈夫だ」と思える空気のことです。ミスを認めても、異論を唱えても、罰せられたり恥をかかされたりしない。そうしたチームでは生産性が高く、離職率も低いことが報告されています。

1on1は心理的安全性を育む最小単位の場になりえます。ただしそのためには、上司自身が弱みを見せること、部下の発言を否定しないこと、そして聞いたことを不利益に使わないという信頼を日々の行動で積み重ねることが必要です。小さな工夫として、正面で向き合うのではなく90度の角度で座る配置はカウンセリングの現場でも使われる手法で、常に目線を合わせる必要がないためリラックスしやすくなります。オンラインで実施する場合は、カメラのオン・オフの使い分けも有効です。

5-3. マネージャー自身を育てる、そしてケアする

1on1の質は、結局のところマネージャーのスキルに依存します。傾聴、質問、協働的な問題解決のスキルは、自然に身につくものではありません。ヤフーでは管理職向けにコーチング、ティーチング、フィードバックの3つのスキルを体系化し研修として提供しています。厚生労働省もキャリアコンサルティング技法の動画教材を公開しており、傾聴や質問技法など1on1に応用できるスキルを学ぶことができます。

もう一つ見逃せないのが、マネージャー自身のケアです。ギャラップの2025年報告によると、2024年にはマネージャーのエンゲージメントが大幅に低下しており、特に35歳未満の若手マネージャーと女性マネージャーで顕著でした。部下のケアを任されるマネージャー自身が疲弊していては1on1の質は上がりません。マネージャー向けの1on1やメンタリングの仕組みも制度設計に組み込むべきでしょう。

6. 離職率の高い業種で1on1を回す

ここまで紹介した設計条件は、どの業種でも共通する原則です。しかし「理想はわかるが、うちの現場では無理だ」と感じている方もいるでしょう。離職率の高い業種には1on1を阻む構造的な制約があります。パート比率が高い。管理職1人あたりの部下人数(スパン・オブ・コントロール)が大きい。シフト制で全員が同じ時間に揃わない。多拠点で上司と部下が物理的に離れている。

だからこそ1on1が必要だとも言えます。先述の令和6年統計では、パートタイム労働者の離職率が一般労働者の約2倍です。パートを1on1の対象外にしてしまうと、最もケアが必要な層への支援が手薄になります

運用パターン やり方 導入のコツ
短時間×高頻度のミニ1on1 シフト引き継ぎ時や始業前の10分で体調、困りごと、必要な支援の3点だけ確認。対面に限らず電話やチャットでもOK 既存の朝礼や引き継ぎの置き換えとして設計し、会議が増えるという反発を避ける
サポートを優先すべき社員への重点配分 入社90日以内の新人、欠勤が増えている社員(人事と連携の上)、業務変更があった社員など、環境変化の大きい社員に優先的に時間を配分 管理職1人あたりの部下が15〜30人の現場では全員均等は現実的でない。対話が必要な時期を見極める
スキップレベルやメンターへの分散 上司の上司とのスキップレベル1on1や、先輩社員によるメンター制を組み合わせる 3-5で紹介したDeNAでは、入社直後からメンターがローテーションで1on1を実施し、最適な配属を決定
多拠点での記録の可視化 合意事項と次アクションだけを記録・共有し、異動やマネージャー交代があっても対話の蓄積を維持 記録はアクションに限定し、センシティブ情報は記録しない

7. 効果をどう測るか

1on1を導入したら、当然その効果を測りたくなります。しかし、ここに大きな落とし穴があります。

離職率は遅行指標です。何らかの施策を打っても、効果が離職率に反映されるまで数か月から1年以上かかります。1on1の実施回数だけを追いかけて、3か月後に離職率が下がっていない、効果がないと判断してしまうのは早計です。だからこそ、先行指標と遅行指標の二階建てで測定するのが合理的です。

種別 指標 測定方法と頻度
先行指標(月次〜四半期) 1on1の実施率・スキップ率 HRIS(人事情報システム)のログで自動集計。そもそも実施されているかの基盤
1on1の満足度(部下評価) 毎回または四半期でアンケート。楽天のように実施率と満足度の両方を見る
離職意向スコア パルスサーベイで定期的に把握。今の仕事を続けたい気持ちは10点満点で何点か
上司支援認知スコア 上司は自分の成長を支援してくれていると感じているか
心理的安全性スコア チーム単位で測定
遅行指標(半期〜年次) 離職率(全体・自発的・パート別) 人事データ。政府統計の定義に合わせて算出
新卒3年以内離職率 オンボーディング施策の効果を測定
1on1導入部署と非導入部署の比較 パイロット段階での効果検証の基本

8. パイロットから全社へ

8-1. 立ち上げ(1〜3か月目)

まずは目的の明確化と対象ユニットの選定から始めます。離職率の高い部署や拠点をパイロット先に選ぶのが自然です。この段階で整えるべきものは3つあります。

①ガイドライン:1on1と評価面談の分離ルール、記録の範囲と保管ルール、1on1で得た情報の取り扱い方針を明文化します。
②KPI設計:前章の先行指標と遅行指標の二階建てを具体化します。
③管理職トレーニング:傾聴、質問の技術、支援行動の具体化について最低でも半日から1日の研修を先行して実施します。

8-2. パイロット運用(3〜6か月目)

8週間から12週間のパイロットを実施し、中間レビューで品質、負荷、リスクを検証します。特に注意すべきは管理職の負荷です。1on1の導入で仕事が増えるだけだと現場は疲弊します。既存の会議を削減する、報告書の簡略化を進めるなど、何かを減らして1on1の時間を生み出す設計が重要です。

8-3. 拡大と定着(6か月目以降)

パイロットの結果を踏まえてガイドラインを改訂し、第2波として他部署・他拠点に展開します。このタイミングでHRISや1on1ツールとの統合を進め、実施率や満足度の可視化を仕組み化します。12か月目以降は年次で制度全体を監査し、データ管理の適切さ(アクセス権限、保管期間)、ハラスメントリスクの有無、1on1の品質(部下満足度の推移)をチェックします。

9. すぐに使えるテンプレート

現場ですぐに使えるテンプレートを3つ紹介します。いずれも高離職業種でも運用が崩壊しにくいことを優先して設計しました。

9-1. 隔週30分の1on1 議題ガイド

時間 テーマ 問いかけの例
2分 近況・体調 最近どうですか。体調面で気になることはありますか
5分 最近よかったこと この2週間で手応えがあったことは何ですか
8分 困っていること 一番ストレスを感じる瞬間はいつですか。何があれば楽になりますか
8分 成長・キャリア 最近できるようになったことはありますか。次に伸ばしたいのは何ですか
5分 働き方・生活との両立 シフトや負荷の面で調整したいことはありますか
2分 合意と次のアクション 次回までに私がやること、あなたがやることを確認しましょう

記録するのは、次のアクション(双方)と期限のみとします。

9-2. 部下の本音に近づく質問集

🔍 部下の本音に近づくための問いかけ

・今の仕事を続けたい気持ちは10点満点で何点ですか。その理由を教えてもらえますか
・今月、私に何かしてほしい支援はありますか
・最近、会社に来るのがつらいと感じることはありませんか(聞きにくい場合は「毎日の仕事で、エネルギーが足りないと感じることはありますか」でも可)
・半年後や1年後にどうなっていたいですか。今の環境でそれに近づけそうですか
・シフトや体力、家庭の面で調整したいことはありますか

重要なのは聞くことであって詰めることではありません。答えに対してまず「教えてくれてありがとうございます」と受け止めることから始めてください。

9-3. 1on1品質チェックシート(部下が記入)

チェック項目 5段階評価
自分がたくさん話せた(目安は全体の70%以上) 1 2 3 4 5
安心して本音を話すことができた 1 2 3 4 5
困っていることや課題が具体的になった 1 2 3 4 5
上司から具体的な支援やアクションの提案があった 1 2 3 4 5
次に何をするかが明確になった 1 2 3 4 5

このシートは人事評価とは完全に切り離し、1on1の品質改善のためだけに使います

10. まとめ

この記事で見てきたように、1on1は離職率を直接下げる魔法の杖ではありません。しかし、正しく設計された1on1は、離職につながる不満や悩みを早期に可視化し対応につなげるための最も費用対効果の高い仕組みです。必要なのは管理職の時間だけ。特別な設備も大きな予算も要りません。

ただし、やるだけでは効果は出ません。研究データが繰り返し示しているのは次の3つの条件です。

📌 1on1で離職率を下げるための3つの条件

①評価との分離 成長支援の場に査定の匂いが混ざった瞬間、部下の本音は消えます
②支援行動の実装 業務の進捗確認だけでなく、働き方や生活との両立にまで視野を広げ、聞いた課題を実際の配置や負荷の調整につなげること
③品質の測定と改善 実施回数だけでなく、部下の満足度や離職意向といった先行指標を追跡し、離職率という遅行指標と組み合わせて効果を検証すること

まずは小さく始めてみてください。離職率の高い部署で、志のあるマネージャー数名とパイロットを走らせる。マネージャーには事前に半日の研修を行い、聞くスキルを最低限身につけてもらう。8週間から12週間後に先行指標を確認し、手応えがあれば範囲を広げる。

ただし、忘れてはならないことがあります。1on1は従業員を引き留めるための手段ではありません。この職場で働き続ける価値がある、と本人が自然に感じられる環境を整えるための仕組みです。「辞めないでほしい」ではなく、「ここで働いていてよかった」と思ってもらえる組織をどうつくるか。1on1はその出発点です。

冒頭で触れた、月曜日の朝に届く退職届。あの1通を減らすために人事ができることの中で、1on1は最もシンプルで最も強力な一手になりえます。部下の声に耳を傾ける。たったそれだけのことが、組織の未来を変えます。


1on1の質を高め、離職率の改善につなげませんか?

本記事で紹介した設計を実行に移すには、対話の品質を担保する仕組み効果を可視化する測定基盤が出発点になります。ラクテスでは、それぞれの課題に合わせた2つのサービスを提供しています。

🗣 1on1の質を外部で担保する

上司のスキルに左右される、本音を引き出せないといった1on1の課題には、社外の専門家による1on1代行という選択肢があります。キャリアコンサルタントや産業カウンセラーが対話を担当し、エンゲージメント診断と掛け合わせて効果を数値化します。

社外1on1×診断の詳細を見る

🔧 スキル診断の仕組みをつくる

ラクテスは、研修前後の理解度テスト・スキル診断をワンストップで作成・運用できるオンラインテストツールです。1on1の対話の起点となるデータを効率的に収集し、離職リスクの先行指標として活用できます。

ラクテスのサービスを見る

なお、ラクテスを運営するサイトエンジン株式会社では、企業向け研修の実施オリジナル研修の企画開発・制作代行も行っています。1on1の質向上と管理職トレーニングを一貫して設計したいというご要望にもお応えできますので、あわせてご相談ください。

参考文献・データソース

No. 資料名 内容
1 厚生労働省「雇用動向調査(令和6年年計)」 産業別入職・離職率、離職理由別離職率。日本全体の離職率14.2%、宿泊・飲食業25.1%
2 厚生労働省「賃金構造基本統計調査(令和6年)」 役職別賃金。1on1のコスト試算の根拠(課長級512,000円/月等)
3 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)」 新卒3年以内離職率。大卒全体34.9%、宿泊・飲食業56.6%
4 Gallup “State of the Global Workplace: 2025 Report” グローバルのエンゲージメント率21%、マネージャーのエンゲージメント低下、チームの70%はマネージャーに起因
5 Gallup “42% of Employee Turnover Is Preventable but Often Ignored”(2024年) 離職者の42%が防止可能と回答。退職前3か月に上司から聞かれなかった45%
6 リクルートマネジメントソリューションズ「1on1ミーティング導入の実態調査」(2022年) 大企業の1on1導入率75.7%。課題は上司のスキル不足と負荷増
7 Google re:Work “Understanding team effectiveness”(Project Aristotle) 180チーム分析。心理的安全性がチーム成果の最大の予測因子
8 Dulebohn et al. (2012) 上司-部下関係の質(LMX)に関するメタ分析 LMXと離職意向の負の関連を確認。実際の離職との直接的関連は小さい
9 Adobe Check-in(公式)Check-in Toolkit(PDF) 年次評価を廃止しチェックインへ移行。自発的離職率30%低下
10 パナソニック コネクト「活き活きと働くためのつながりづくり」 1on1実施率94%、満足度84%、話しやすい雰囲気90%(2024年度実績)
11 楽天グループ サステナビリティレポート(1on1関連) 1on1実施率97%、満足度94%(2024年公式開示)
12 個人情報保護委員会「クラウド人事労務サービスに関する注意喚起」 クラウド型人事サービスの安全管理・委託先監督に関する注意喚起
13 LINEヤフー「人材成長支援」(公式サステナビリティページ) 1on1ミーティングの制度説明。週1回30分、経験学習サイクルの促進が目的
14 DeNA フルスイング「メンター育成制度に革命を。”永遠のベータ版”としてプログラム化」 新入社員へのメンターローテーション1on1と育成プログラムの詳細

※ 本記事の内容は2026年2月時点の公開情報に基づいています。

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