人事データを収集・分析して課題解決へと導く手法「ピープルアナリティクス」をご存じでしょうか。重要な経営資源である「人」を扱う人事領域でも「勘と経験」ではなく最新のテクノロジーを活用し、ビッグデータによって公正・的確な意思決定を行ったり、業務の効率化を図ったりする動きが急速に広がっています。本記事では、ピープルアナリティクスの概念や必要なデータ、導入方法といった基礎知識から具体的な活用シーンまで紹介します。
目次
ピープルアナリティクスとは?
ピープルアナリティクス(People Analytics)とは、従業員の活動や設備の利用状況などのデータを収集・分析して、人事業務における課題解決の意思決定に活用することです。「HR(Human Resource)アナリティクス」や「タレントアナリティクス」とも呼ばれています。
ピープルアナリティクスは、アメリカのグーグル社やマイクロソフト社の取り組みなどをきっかけに世界的に広がりました。日本では大手企業を中心に活用が始まっています。最適な職場や働き方を実現させ、最終的には企業の利益アップを目指します。
ピープルアナリティクスを活用することのメリット
ピープルアナリティクスの活用は、企業側と従業員側の双方にメリットをもたらします。
企業側目線
従来の人事や採用業務は客観的な判定基準に欠け、人事担当者の勘や経験に頼っていました。業務が属人化されるため、担当者によって採用する人材の傾向が異なる、担当者が異動や退職したときに業務の引き継ぎに課題が残るといったことが起こります。
ピープルアナリティクスを活用すれば、「客観的なデータ」によって業務が遂行されます。判断基準が一定なので、業務が属人化することなく効率的かつ正確に行えます。たとえば採用面接の際、ベテラン面接官の「直感」だけで採用が決まることはありません。誰が面接を行っても主観が入りこむ余地はなく、決定権をもつ者が異動・退職しても組織としての一貫した判断基準がぶれることもありません。そのため自社が求める人材を的確に採用でき、ミスマッチを防げます。
このほか、高い成果を出す社員のデータを分析して必要な能力や行動パターンを導き出せれば、育成プログラムの設計や研修などの社員教育に生かせます。個人の特性に合った教育を実施できるため、優秀な人材の育成にもつながるでしょう。
データを用いることで透明性・公平性のある意思決定が行われ、決定に至るプロセスを明確な根拠に基づいて説明できます。明確な根拠があれば従業員の納得感が高まるため、離職率の低下や組織力の強化につながります。
従業員側目線
個人の主観ではなくデータに基づいた評価が下されるため、従業員は「なぜ、この評価なのか?」という疑問を感じることなく、日々の業務に集中できます。評価への不信感が原因でモチベーションが著しく低下することもないでしょう。
また、上司もしくは自身が異動しても、ピープルアナリティクスのデータを活用したマネジメントの下ならスムーズに新しい上司や環境に慣れ、本来のパフォーマンスを発揮できます。
ピープルアナリティクスで用いるデータ
ピープルアナリティクスでは、人材・デジタル・オフィス・行動といった4つのデータを活用します。各データの内容を活用例とともに紹介します。
人材データ
年齢・性別、所属部署、職位、給与などからなる人材データは、ピープルアナリティクスにおける基本的な要素です。勤怠記録や評価歴、保有スキル、特性などのデータを分析するケースもあります。
人材データを分析することで、課題を解決するための人材を的確に把握し、適材適所の配置に活用できます。
デジタルデータ
デジタルデータは、社用パソコンの利用状況やインターネットの閲覧履歴、電子メールのやり取り、電話の通話履歴などのデータです。
デジタルデータは個人もしくは企業のパフォーマンスを高めるためのきっかけとして活用できます。たとえば従業員Aが取引先B社の経営陣と電話やメールで頻繁にやり取りしている場合、AをB社の担当にすることでパフォーマンス向上が期待できます。
オフィスデータ
オフィスデータとは、水道光熱費や会議室、休憩所といった会社設備の利用・活用状況に関するデータです。オフィスデータの分析により、従業員の行動パターンやコミュニケーションの様子を間接的に把握し、改善につなげられます。たとえば季節や時間帯ごとに会議室や休憩室、複合機の利用状況を収集・分析することで、過不足のない設備使用や労働環境の最適化を実現できます。
行動データ
従業員の行動を把握するためのデータです。カレンダー機能を活用すれば、自席にいるのか、もしくは会議中なのかを把握できます。社用携帯の位置情報からは外出時間や外出先の情報収集が可能です。収集したデータを分析すれば、従業員一人ひとりの仕事量と会社への貢献度合いに対する指標が得られます。
また行動データを従業員に示すことで、仕事に対する意識を変え、パフォーマンスを上げることも期待できます。
ピープルアナリティクスの導入ステップ
実際にピープルアナリティクスを導入する場合は、以下の4つのステップを踏みます。一度行えばそれば終わりではなく、4つ目のステップまで実施したら、最初のステップに戻るというPDCAサイクルを回していくことが必要です。
1. 分析を行う目的の決定
何のためにピープルアナリティクスを行うかを明確にします。単にデータを集め、分析をするだけでは、課題解決のためのアクションにつながりません。
まず自社の抱える課題から、目的を明確化します。たとえば「従業員の離職率低下をゴールとして、従業員満足度を向上させる」「入社後の早期退職を減らすための採用基準を新たに設ける」といった目標設定があげられます。
2. データの収集・蓄積
設定された目的にそったデータを収集します。ピープルアナリティクスの目的が従業員の定着なら、従業員の過去の離職率や退職の理由、転職先といったデータを収集します。
全データを一元管理している部門がなければ、人事部門にとどまらず部門間をまたいだ協力体制の構築が必要です。収集したデータの保管場所やデータ更新の頻度、責任の所在もあわせて決めておきましょう。
3. データの分析
年齢層や役職・部署、性別など、わかりやすいアプローチで傾向をおおまかに把握します。
従業員の思考や考え・ビジョン・モチベーションなどは、データ上に明確に反映されにくいことに留意しなければなりません。意思決定においては、従業員と直接相対する機会を設けつつ、最終的にはデータをもとに判断することが求められます。
4. 施策の計画・実行
データにより傾向が把握できたら、課題解決策を検討、立案して、実行に移します。
たとえば、「長時間労働を減らす」という目的に対して、各種データを収集したところ、出張や取引先への移動に多くの時間を割いている、業務終了後や休日もパソコンで連絡を取り合っていることが明らかになったとします。その後は課題解決の施策として、オンライン会議の導入や社用PCの稼働時間設定などを掲げ、実行に移します。
一度の取り組みだけで終わってしまうとピープルアナリティクスが根付きません。数回に分けたり、別のアプローチから施策を行ったりする工夫も必要です。最終段階で得られた結果は、新たなデータとなり得ます。そのデータを次の取り組みに活用できれば、より高度な分析と課題解決へのアクションを起こせます。
なお、収集したデータを効果的に分析するには専門的なスキルが求められます。自社の状況や目的に対する理解はもちろん、どのデータをどの形式で集めるかを設計するスキルも必要です。必要に応じて、分析手法に関する研修を開催する、従業員にセミナーに参加してもらう、外部のデータサイエンティストからサポートを受けるといったことを検討しましょう。
ピープルアナリティクスの活用シーン
ピープルアナリティクスが具体的にどのようなシーンで活用されるかを紹介します。
人材採用
ピープルアナリティクスがもっとも活用されるのが、人材採用のシーンです。
従来の採用活動においては、データに基づいた明確な採用基準はなく、学歴や面接官の主観に基づいた判断が合否判定の物差しでした。しかし、面接官に気に入られたからといって入社後に高いパフォーマンスを発揮するとは限りません。ミスマッチが起こる可能性もあります。
ピープルアナリティクスを用いれば、まずどんな人材が不足しているのかを確認できます。これをもとに採用活動を行えば会社が求める人材を確保しやすくなります。高い成果を上げている社員のデータから採用基準を導き出し、応募者の属性などのデータと照らし合わせれば、効果的かつ公正な採用も可能です。さらに、離職者や退職者データから、どんな属性をもった人材が長く企業にとどまるかを把握して採用活動に生かせば、早期退職者の減少につながります。
人事評価
ピープルアナリティクスは公正な人事評価や報酬決定にも役立ちます。従来の人事評価は上司の判断を基本として行われることがほとんどでした。客観的で明確な判断基準がないため、実績や面談、人柄によって上司の主観的判断で評価を決める部分が多くを占めていました。そのため評価を受ける側が結果に対して納得できず、モチベーションの低下を招くこともありました。
しかしピープルアナリティクスを用いれば、データを基準に評価が決定します。基準は特定の上司ではなく組織が決めたものなので、評価される側も内容に納得しやすいでしょう。
ただし、データはあくまで評価を下すための材料のひとつであり、最終的には上司などの「人」が意思決定を下す必要があります。また、評価を下す側にはデータをもとにして決めた評価に対して、きちんと説明をする責任も生じます。評価にAIを導入したことで、トラブルに発展したケースもあるので要注意です。
Well-beingへの取り組み
企業がWell-being(ウェルビーイング)に取り組む際にもピープルアナリティクスを活用できます。ウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に良好であることを意味する概念で、「幸福」と訳されることもあります。働き方改革の推進にともなって従業員がウェルビーイングな状態にあることを目指す取り組みも行われるようになりました。
ピープルアナリティクスを活用すれば、従業員のコンディションを正確に把握できます。たとえば従業員調査などで得たデータを分析すれば、一人ひとりの身体的・精神的なトラブルや問題点にいち早く気付いて、改善策を実施できます。
さまざまなデータを収集するために、従業員に測定用のウェアラブルデバイス(Wearable Device)を着用させる企業もあります。ウェアラブルデバイスとは、文字どおり身に着けられるデバイスで、スマートウォッチやスマートグラスはその代表例です。
たとえばブレスレット型のウェアブルデバイスを従業員に装着して、心拍数や睡眠の質を測ったり、歩数データなどを収集したりできます。そのデータを分析すれば、急な体調の変化をキャッチしてフォローしたり、福利厚生制度そのものの見直しに発展させたりして、従業員がより健康的な状態で業務に取り組めるようバックアップできます。
個人情報の取り扱いには細心の注意を!
ピープルアナリティクスに用いるデータの扱いには細心の注意を払う必要があります。自社の従業員に関するデータとはいえ、重要な個人情報であることに変わりありません。2020年6月には個人情報保護法が改正され、罰則規定が強化されました。そのため、企業側は従業員データをより慎重に取り扱うことが求められます。データの利用目的を従業員にきちんと説明したうえで、同意してもらわなければなりません。前述のウェアラブルデバイスに関しても、導入の大前提として従業員の同意が必要です。
あわせて、「誰が」「いつ」「どこで」「何のために」、従業員データにアクセス・利用できるのか、といった社内ルールを明確に策定しましょう。コンサルタントなどの外部企業にデータを渡す際は、個人を特定できないように情報を加工することも必要です。
個人情報の漏洩が起こると、企業の社会的信用の失墜やイメージダウンといった大きな損害は避けられません。データの取り扱いには細心の注意を払いましょう。
まとめ
ピープルアナリティクスは、最新のテクノロジーを活用し、人事のビッグデータを収集・分析して課題解決をする手法を指します。生産性を向上させ、最終的に企業の利益を上げることが目的です。
ピープルアナリティクスを導入すると、属人化されてきた採用や評価の分野に、組織として一貫性のある判断基準が取り入れられます。企業は公正な意思決定を行えるので、従業員は納得して評価を受け入れやすいでしょう。
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