各企業がDXに取り組む中、既存のスキルでは新しい業務プロセスに対応しきれないという課題が生まれています。そこで求められているのが、自社の従業員に新しいスキルを習得させる「リスキリング」という取り組みです。本記事ではリスキリングの意味やメリットをはじめ、実施の進め方や具体的な事例などを解説します。
目次
リスキリングとは「新たなスキルを習得すること」
リスキリングとは、職務をこなすために役立つ新しいスキルを習得すること(あるいは習得させること)です。英語では「Reskilling」と表記します。経済産業省が公開した資料「リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流」によれば、以下のように定義されています。
「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」
(引用元:https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/002_02_02.pdf)
リスキリングはDX(デジタルトランスフォーメーション)などの業務改革や新たな事業展開に伴って、既存の業務プロセスが大きく変化したときや、デジタル化によって新たな職業が生まれるときなどに必要になる取り組みです。
一例として、現在は第四次産業革命に突入しており、製造業ではAIやIoTなどを活用した自動化の進行が顕著になっています。しかし自動化が進むと、人間がこれまで手作業で行っていた仕事は機械やシステムに取って代わられてしまい、その仕事に従事していた従業員は職を失う可能性が出てきます。一方で、その機械やシステムを管理運用する新しい仕事が生じることも見逃せません。そこで重要になってくるのが、なくなってしまう仕事に従事していた人材に新たなスキルを学ばせることによって、会社内で活躍する新しい道筋をつけるリスキリングです。
リスキリングによって、従業員はまったく新しいスキルや役割を得て会社で働き続けることが可能になります。企業としても、既存の人材を活かすことで、自社が必要とするスキルを持った人材を外部から新たに雇用せずに済むメリットがあります。
リスキリングを実施している会社は51.8%
ラクテスでは、2023年4月にリスキリングの実施状況についての調査を実施しました。現在取り組んでいる企業が46.0%、過去に取り組んでいた企業が5.8%という結果となりました。
また、2024年1月に転職活動経験者向けに実施したアンケートだと、リスキリングの機会を求めて転職活動をしたという方は29.3%でした。
リスキリングはここ数年で急速に広まりつつあるものの、まだ実施していない企業も多数あるといった状況が上記のデータからわかります。
リカレント教育との違い
リスキリングは「リカレント教育」や単なる「学び直し」と混同されがちですが、これらとは異なる概念です。
リカレント教育とは、社会人や会社を退職した人などが大学や職業訓練校などで仕事に役立つ知識やスキルを学習することを意味します。通常、リカレント教育は個人が主体的に行うことであり、教育期間中は仕事から離れているのが一般的です。他方で、リスキリングの場合は企業が主体を担っており、業務プロセスの刷新や既存人材の活用など、経営課題を解決するために実施されます。したがって、新しいスキルの習得も、業務と並行して行われます。
また、リスキリングはあくまで仕事に必要なスキルが学習の対象である一方、学び直しに関しては、個人の趣味嗜好やボランティアなど、仕事に関連するもの以外も学習対象に含まれます。学習者も現役世代だけに限らず、定年退職後の人が余暇を楽しむために学び直しをする場合もあります。
さらに、リスキリングは、現場で行う実践的な教育・研修を指す「OJT」とも異なります。OJTの場合は既存の業務プロセスを習得することが目的になるのに対して、リスキリングの場合は業務変革に伴って新しく発生した業務、つまり、今できる人がいない仕事をこなすためのスキルを学ぶのが特徴です。
リスキリングが注目される背景
リスキリングが近年注目されている背景には、DXに取り組む企業が増えたことや新型コロナウイルスのパンデミックの影響が挙げられます。以下では、それぞれの背景について解説します。
DX推進による専門スキル習得の必要性
昨今ではデジタル技術が著しく進歩しており、ビジネスの成功のためにはその活用が欠かせません。経済産業省も2018年に公開した「DXレポート」で、企業のITシステムの老朽化が技術的負債として多大な経済損失を招く「2025年の崖」に警鐘を鳴らすなど、テクノロジーの刷新や、DXの必要性を強調しています。
他方で、DXの担い手であるIT人材はその需要に対して社会全体で不足しています。少子高齢化の進行によって生産年齢人口(15歳~64歳)は減少を続けており、新規雇用によってITスキルに長けた人材を十分そろえるのも難しいのが実情です。そこでリスキリングを通して、既存の従業員をIT人材へと育成する必要性が高まっています。
コロナ禍による働き方の変化
新型コロナウイルスの感染拡大はテレワークの普及や非接触型ビジネスの需要拡大など、ビジネスや働き方に大きな影響を与えました。こうした中で、企業には従来の働き方や業務プロセスでは対応しきれない仕事が増えています。
このような大きな変化に対応するためには、システム部門やその担当者だけに限らず、企業全体・従業員全体でIT活用できる体制を整えることが必要です。たとえばテレワーク環境においては、チャットツールやWeb会議システムなどを使いこなせなければ、業務上必要な連絡やミーテイングもままならないでしょう。コロナ禍によって働き方が大きく変化した結果、リスキリングの重要性もさらに増すことになりました。
リスキリングを導入する3つのメリット
リスキリングを導入することで、企業は以下のようなメリットを期待できます。
業務効率化・生産性の向上
リスキリングによってITスキルを持った人材が増えることで、最新のテクノロジーの導入やその管理運用が可能になります。これにより、業務フローを改善したり、データの分析・活用をしたりすることが可能になり、業務効率化や生産性の向上を実現できます。リスキリングを一時的な取り組みとしてではなく、しっかり自社の制度として根付かせれば、今後さらに急速にテクノロジーが進化していったとしても適応しやすくなるでしょう。
企業文化の継承
IT活用を進める際には、導入するITツールや新たな業務プロセスを自社の企業文化にマッチさせ、組織としての強みを引き出せるようにすることが大切です。その点では、外部からIT人材を採用することだけに頼るよりも、既存の従業員をリスキリングしたほうが、自社ならではの企業文化やその強みを継承しやすくなります。
また、リスキリングによって新しい業務プロセスに既存の従業員を適応させることは、会社が従業員を大切にし、スキルアップや資格取得などのためのキャリアサポートをする意思を示すことになります。これにより、従業員の会社に対する信頼感やモチベーションは向上し、離職率の低下が期待できます。従業員が自社に定着することは、企業文化のさらなる醸成につながります。
採用・教育コストの削減
リスキリングは、採用コストや教育コストの削減にもつながります。新入社員の採用は、企業にとって多くのコストがかかる作業です。新入社員の募集・選考活動や研修などのオンボーディングプロセスには多くの資金や時間、労力を要します。
たとえ特定の業務に必要なスキルを求めて採用したとしても、新入社員には当然ながらそれに関連した業務だけでなく、自社の従業員なら知っておくべき基本的な業務プロセスやルールなども教え、自社に馴染ませないといけません。他方、リスキリングならば、既存の従業員に特定のスキルを習得させ、必要に応じて他部署に異動させるだけで済むので、そうしたコストや労力を抑えられます。
また、リスキリングを推進することで離職率が下がれば、生産性向上や教育コスト・採用費の削減にもつながります。ラクテスで実施した調査によると、世代によって若干異なるものの、67%~93.7%の人がリスキリングがあることで現在の職場で働き続けたい意欲が高まると回答しています。
リスキリングを実施する4つのステップ
リスキリングはどのような手順で進めればよいのでしょうか。以下では、リスキリングの実施プロセスを4ステップに分けて解説します。
スキルの可視化
最初のステップはスキルの可視化です。この段階では、新しいツールや業務プロセスを導入・運用するためにはどのようなスキルが必要になるのかを洗い出すとともに、その理想に対して自社の現状にどれほどギャップがあるのかを明確化します。その上で、従業員に習得させるべきスキルや知識を、優先順位をつけてリストアップしていきましょう。
ニーズに対するスキルギャップを明確にするためには、個々の従業員のスキルも把握しなければなりません。その際は、たとえば各従業員のスキルや経験、経歴などを一元管理できる「タレントマネジメントシステム」などのITツールを使ってデータ化することで、従業員全体および従業員個々のスキル情報を把握しやすくなります。
従業員のスキルを洗い出すことは、「誰にリスキリングを実施すべきか」を検討する際にも役立ちます。リスキリングは必ずしもすべての従業員に実施するとは限らないので、必要とするスキルの習得に対して誰なら相性が良さそうか把握することは大切です。必要なスキルに関連した能力や経歴を持った従業員を特定できれば、そうでない従業員に比べて、より迅速かつスムーズにリスキリングを完了できます。
教育カリキュラムの決定
次のステップは教育カリキュラムの決定です。必要なスキルや誰にリスキリングを実施すべきかを特定できたら、どのような教育カリキュラムがリスキリングに最適かを検討します。リスキリングの主な方法としては、たとえば以下のようなものが挙げられます。
・研修
・オンライン講座
・社会人大学
・eラーニング
・従業員同士の勉強会
従業員の適性やスケジュールなどにはばらつきがあるため、教育カリキュラムはさまざまな学習ニーズに対応できるようにするのが理想的です。そのためには、複数のカリキュラムや実施時間を用意したり、組み合わせたりすることも検討しましょう。自社にそのスキルを教えられる人材やノウハウがなければ、外部のサービスや講師を利用することも可能です。
従業員の学習
学習カリキュラムが定まったら、いよいよ従業員へのリスキリングを実施します。リスキリングを成功させるには、従業員の高いモチベーションが重要です。強制的に学ばせれば従業員の負担になるため、あくまでも本人の意思や主体性を尊重することが大切です。従業員自身に自発的に新しいスキルを学びたいと思わせられれば、高い学習効果が得られるでしょう。
そのためには、リスキリングの実施前に、なぜそのリスキリングが必要なのか、そのスキルが自社の事業やその従業員のキャリアにとってどのような価値を持つのかを伝えましょう。また、重要なスキルや資格などに対して手当を支給することもモチベーションを高める方法のひとつです。業務時間外でのリスキリングは従業員の私生活を圧迫し、モチベーションを削ぐ可能性もあるので、業務時間内に学習時間を設定することも大切です。
業務で実践
リスキリングは、実際の業務で活かしていかなければ意味がありません。したがって、リスキリングの仕上げのステップは、業務で実践していくことです。研修などで学んだことと実際の業務のあいだには何らかのギャップが存在する場合もあるため、現場経験を通してそのギャップを埋めていくことが必要になります。
リスキリングを行う上での注意点
リスキリングを成功させるには、いくつかの点に注意しなければなりません。
まず、リスキリングを意味あるものにするためには、明確なゴールと目的の設定が必要です。リスキリングを何のために行うのか、いつまでに、どのレベルまでそのスキルを習得すれば成功したと評価できるのかなどは、計画段階ではっきりとさせましょう。従業員のモチベーションや目的意識を高めるためにも、これらを明確にすることは欠かせません。
また、スキルを個人や組織に浸透させていくには、実践を何度も行い、継続させることが必要です。リスキリングの効果を上げるには、実施した学習カリキュラムの有効性などについて参加者からフィードバックを取り、今後の施策に反映してくことが大切になります。学んだ内容を実際の業務でどのように活かせたか、逆にどのような点に課題が残ったかなどを明らかにできれば、より学習効率を高められるでしょう。
リスキリングの導入事例
最後に、リスキリングの導入事例として、日立製作所と富士通の取り組みを紹介します。自社にリスキリングを導入する際の参考にしてください。
日立製作所
日立製作所は、国内グループ企業の全従業員約16万人を対象に、DX基礎教育を実施しました。このリスキリングには、日立アカデミーがeラーニング形式で提供している「デジタルリテラシー エクササイズ」が活用されました。
学習カリキュラムは「DXとは」「課題の定義」「実行計画の立て方」「計画の進め方」の4講座から構成されています。これらの講座は受講者のスケジュールなどにあわせて、必要なステップのみ受講することも可能です。このリスキリングでは、DXとは何かという単なる座学を超えて、DXを自分の業務に結びつけ、計画し、実施していくための実践的な方法論を学習できます。
講座を通して、学習者はDXの適用パターンを知り、DXのワークロードを担当者の立場になって学べます。日立製作所は充実したリスキリングを全社的に実施することで、あらゆる従業員がDXを自分事として捉え、現場レベルでもDXを進めていけるような人的基盤を構築しました。
出典元:「DXを推進する人財育成」
https://www.hitachi-ac.co.jp/service/opcourse/subcate/dx/index.html
富士通
富士通は、2019年に就任した時田隆仁社長のもとで「ITカンパニーからDXカンパニーへ」というスローガンを掲げ、顧客への提供価値の創造と自社の変革を目的に、積極的な投資を行っています。この投資によって同社は、単に顧客へITツールを提供するだけでなく、自らがDX企業となって範を示そうとしています。
そのために富士通はグループの従業員8万人を対象にリスキリングを実施しました。このリスキリングでは、従業員それぞれの主体性が尊重されており、従業員は自分の希望やニーズにあわせて利用する研修を選べます。また、従業員のキャリアの見通しを明確化し、モチベーションを向上させるために、「ジョブ型雇用」などの新しい雇用形態も積極的に導入しています。
さらに、同社のグループ企業であり、人材育成ソリューションなどを手掛ける富士通ラーニングメディアでは、DX推進のために役立つマインドの醸成、組織カルチャーの変革、最新の技術トレンドなどの分野について122ものリスキリングコースを開発しました。これらのコースの中には、「DXの内製化」や「現場DX」の推進に役立つノーコード・ローコードを学べるカリキュラムも含まれています。
出典元:「富士通ラーニングメディア」
https://www.fujitsu.com/jp/group/flm/
まとめ
DX推進の流れやコロナ禍の影響を受けて、昨今では多くの企業がビジネスや業務プロセスの変革に取り組んでいます。このような転機において、従業員が新しい業務形態に対応できるようにするためにはリスキリングの実施が必要です。既存の人材を活用してリスキリングを行うことで、企業は採用コストなどを節約しながら自社の経営課題を解決できます。
リスキリングを行う際には、まずは自社の従業員のスキル状況を可視化することが必要です。ラクテスは、プログラミングなどのITスキルを筆頭に、従業員のさまざまなスキルレベルを把握できる「スキルチェックテスト」を提供しています。
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