経営戦略や事業計画を実現するためには、必要なスキルを持つ人材を育成することが欠かせません。そして効率的な人材育成を行うには、業務に必要となるスキルや従業員が持っているスキルを明確にすることが必要です。本記事では、スキルの可視化に活用できるi コンピテンシ ディクショナリ(iCD)の概要と、人材育成への活用方法を紹介します。
目次
i コンピテンシ ディクショナリ(iCD)とは
i コンピテンシ ディクショナリ(iCD)とは、ITをビジネスに活用するにあたって必要な業務(タスク)と能力(スキル)を体系的にまとめたものです。2015年に独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が提供を開始し、ITスキルの標準化や人材育成への活用を目的として、多くの企業・個人への導入が推進されています。
■独立行政法人情報処理推進機構(IPA):「iCDポケットハンドブック」
スキル標準化とは
標準化とは、誰もが同じ品質で価値を提供できるように、業務工程やそこに必要となる知識を整理し、明確に定義することを指します。標準化の代表例には、マニュアルが挙げられます。スキル標準化では、必要とするスキルをレベルで分けて、段階的にスキルの向上を図ります。さらにそれぞれに指標を立てて、習得度を細かく評価するのが一般的です。
iCDは業務と能力の2つで構成される
iCDでは、ITの活用にあたって重要な要素を「業務」と「能力」の2つを体系的にまとめています。
業務を体系化したタスクディクショナリ
タスクディクショナリは、企業(組織)や従業員(個人)が遂行すべきタスクを一覧にした「タスク一覧」、タスク全体を俯瞰できる「タスク構成図」、タスクをさまざまな切り口で分類し索引のようにまとめた「タスクプロフィール」で構成されています。
タスク一覧
タスクを「大分類」「中分類」「小分類」「評価項目」の4階層で分類して定義したものです。「大分類」の中の各項目が「中分類」、中分類をもっと細かく分類したものが「小分類」です。さらに、小分類の項目ごとに評価項目を設定します。
ここで、「Webサイト運用管理」のタスクディクショナリを例として、分類方法を説明します。
企業全体の業務を「人事」「営業」「製造」のように大きく分けたものが「大分類」で、「Webサイト運用管理」は大分類にあたります。「中分類」は、大分類の「Webサイト運用管理」をさらに分類したもので「利用者向けサービス運用管理」「Webサービス運用管理」などがあります。
中分類の項目をさらに細かいタスクに分けたものが「小項目」です。中分類が「Webサービス運用管理」なら、小分類は「Webコンテンツの運用管理」「Webコンテンツの制作と更新」「Webマーケティング施策の支援」などで分類されます。
また、小分類の項目ごとに、評価項目を設定します。例えば「Webコンテンツの制作と更新」の評価項目は、以下のように設定ができます。
- サイトデータを活用した分析を通じて、コンテンツの人気動向やユーザの興味等を推測し、報告する
- コンテンツの導入・更新の要求に応じて、時期や検索エンジン対応を踏まえた実行プランをまとめる
- コンテンツの導入・更新の要求を噛み砕いて理解し、コンテンツのデザイン、利用技術の選択、機能と遷移の設計を行う
- コンテンツとして搭載する画像、映像や原稿、音声データ等の版権の確認を行う
- 制作・改定したコンテンツについて、機種適合性の確認を含めたテストを行い、動作を検証する
【出典】独立行政法人情報処理推進機構(IPA):iCD2022「タスクディクショナリ」
タスク構成図
タスク一覧の大分類単位で、タスクディクショナリ全体を俯瞰できる図です。縦軸をビジネスサイクルの段階(戦略、企画、開発、利活用、評価・改善)、横軸を業務の種類(計画・実行、管理・統制、推進・支援、その他)として、各タスクが分かりやすく整理されています。
【出典】独立行政法人情報処理推進機構(IPA):iCD2022「タスクディクショナリ」
タスクプロフィール
タスクプロフィールとは、用途や目的別にタスクを参照できる索引のようなものです。ビジネスタイプ別(Webサイト構築・運用、システム受託開発など)、役割別(セールス、マーケティングなど)といった、6つの識別方法があります。
このタスクプロフィールとタスク一覧を掛け合わせた「タスクプロフィール×タスク対応表」を活用すると、自社に必要なタスクをピックアップできます。例えば「セールス担当に求められるスキルとは何か」といったことが、簡単に確認できます。
能力を体系化したスキルディクショナリ
スキルディクショナリは、タスクディクショナリで挙げられた各タスクを遂行するのに必要な能力(素養)を一覧にした「スキル一覧」と「スキル構成図」「職種一覧」で構成されています。
スキル一覧
スキル一覧では、業務に必要なスキルを「スキルカテゴリ」「スキル分類」「スキル項目」「知識項目」の4階層で分類し、定義しています。まずスキル全体を「スキルカテゴリ」で分類し、それを「スキル分類」として分類します。スキル分類をさらに細かく分類したものが「スキル項目」です。スキル項目ごとに必要な能力として「知識項目」が設定されています。スキル一覧には、1万以上のスキルが網羅されています。以下はスキルの分類例です。
【スキルカテゴリ】
- メソドロジ(※ITビジネスのさまざまな場面で必要となる、汎用性や応用性が高いスキル)
【スキル分類】
- (支援活動) 人材育成・教育・研修
【スキル項目】
- 人材育成管理手法
- 教育手法
- 教育マテリアル設計・作成手法
- 研修のための最新機器とツール
- 研修関連IT知識
【知識項目】※「人材育成管理手法」の知識項目を一部抜粋
- OJT
- メンタルヘルスに関する知識
- 教育・育成のマネジメント技法
- 業界標準に準拠した教育カリキュラムの知識
- 面談(定期、不定期) など
【出典】独立行政法人情報処理推進機構(IPA):iCD2022「スキルディクショナリ」
スキル構成図
スキル分類単位で、スキルディクショナリ全体を俯瞰できる図です。縦軸を利用できる領域の広さ、横軸をITに関する専門性の高さとして、各カテゴリのスキルが分かりやすく整理されています。
【出典】独立行政法人情報処理推進機構(IPA):iCD2022「スキルディクショナリ」
職種一覧
これまでに経済産業省が策定したスキル体系などで定められている職種を表したものです。7つ(ITSS、UISS、ETSS、情報セキュリティ人材、今後のIT人材、追加人材、ITSS+)の方法で職種が分類されています。
これにスキル一覧を掛け合わせた「職種×スキル対応表」を活用すると、「ITSSで定義されているマーケティング担当には、どんなスキルが必要か」といったことが、簡単に確認できます。
iCDを活用するメリット
iCDの目的は、スキルを可視化することで企業の成長を促進することにあります。スキルの可視化には、以下のような効果が期待できます。
各従業員のスキルを把握できる
従業員のスキルを向上させて企業としての力を強くするためには、現状を把握することが第一です。しかしながら、スキルディクショナリに記載されているスキルが1万以上もあるように、IT領域で求められるスキルの量は膨大です。その中で自社にはどんなスキルが必要となるのか、従業員がどんなスキルを持っているのかを把握するのは、補助ツールなしには難しいでしょう。
iCDを活用することで、自社の業務に必要なスキルや知識、経験をさまざまな角度から俯瞰することができます。また、従業員に向けたスキル診断ツールとして利用すれば、各従業員が持っているスキルの把握も可能になります。従業員も自分が持っているスキルから、自身のスキルがどんな業務で活躍できるのかを知ることができるでしょう。全従業員のスキルを総合すれば、組織としてどんな領域に強いのかが見えるようになり、自社の強みを基にした事業戦略を立てることにも役立ちます。
自社に不足している要素を可視化できる
多くのスキルが体系的にまとまったiCDでは、自社の強みが明確になると同時に、自社の弱みも明確になります。自社のビジネスに必要とされるスキルと従業員のスキルを照らし合わせることで、理想と現実にどれくらいのギャップが生じているのかが可視化されます。
自社に不足している要素が明らかになれば、そこをフォローできる保有資格や経験など、今必要な人材の人物像が鮮明になります。これを活用して、より効率的な採用活動を行うことが可能です。
自社の成長に必要な人材育成・研修につなげられる
自社の強み・弱みの可視化は、採用活動だけではなく、人材育成にもいい効果をもたらします。自社の成長に必要な業務とスキルが明確になるので、人材育成計画に根拠を伴った方向性を持たせることができます。どの部署でどんな研修を行うべきか、リーダーを務められるような人材に育成するにはどんな研修が必要か、状況に応じて育成計画をカスタマイズすることも可能になり、さらに効果的な人材育成を実現できます。
iCDでは経験の診断基準やスキルの熟練度が数値化されているため、マネジメントを行う際にも、具体性を持って的確な指導を行うことが可能です。指導に納得感が生まれることで従業員からの信頼も厚くなり、エンゲージメントも向上します。これらの相乗効果で、設定した目標へ到達できるスピードも加速するでしょう。
企業の人材育成にiCDを活用する方法
ここからは、iCDを実際に活用する方法を段階に分けて解説します。
企業・組織に必要な要件をまとめてタスクを整理
まずは、企業として達成したい目標に必要な要件をまとめます。要件は、経営戦略や事業計画から洗い出していくとよいでしょう。経営層に話を聞くのもおすすめです。
要件をまとめる考え方には、目的から手段に下がっていくトップダウン方式と、手段から目的に上がっていくボトムアップ方式があります。企業理念の実現に必要な要素は何か、その要素を支えるには何を行うべきかと考えていくのがトップダウンで、今行っている業務はどんな企業価値につながっていくのかと考えるのがボトムアップです。
次に、要件から導き出せる必要タスクを、タスクディクショナリから選択していきます。タスクの量が非常に多いので、タスク構成図やタスクプロフィールも活用しながら取捨選択を行うと効率的です。
組織へのタスク割り当て
整理したタスクを、各部署や役職といった組織ごとに割り当てていきます。実際の業務範囲とタスクを照らし合わせて、今行っているタスクに加えて、将来的に行いたいタスクも盛り込むのがポイントです。この時にも、タスクプロフィール、タスクプロフィール×タスク対応表を活用しましょう。もしもタスク一覧にないタスクがあれば、必要に応じて追加します。
評価項目と診断基準を策定
次に、設定したタスクに対する評価項目と診断基準を設定します。評価項目はタスク一覧に記載されていますが、これはあくまでも一般的な内容なので、自社の状況に応じて用語や業務内容を変更しても構いません。不足している項目があれば、項目の追加も行います。
診断基準はiCDで下記のように設定されていますが、こちらも自社や各部署などのスタイルに合わせて変更可能です。また、小分類のタスクの達成率が中分類のタスクの診断基準にどう連動するのか、さらに大分類のタスクはどう診断するのか、分類ごとにも診断基準も設けましょう。各分類タスクのレベル診断例は、IPAの「i コンピテンシ ディクショナリ解説書」で紹介されています。
診断レベル | 診断基準 |
L0 | 知識、経験なし |
L1 | トレーニングを受けた程度の知識あり |
L2 | サポートがあれば実施できる、またはその経験あり |
L3 | 独力で実施できる、またはその経験あり |
L4 | 他者を指導できる、またはその経験あり |
【出典】独立行政法人情報処理推進機構(IPA):iCD2022「タスクディクショナリ」
このように評価項目と診断基準を設定することで、企業も従業員も自分の役割を果たせているかを確認できるようになり、目標も立てやすくなります。
従業員に試行し検証
診断基準まで策定できたら、従業員のタスクを診断してみます。診断結果を確認して、実態とは合わないと感じた場合は評価項目や診断基準を見直して改善しましょう。試行と改善を繰り返し、適切な診断ができるようにブラッシュアップしていきます。診断結果は、人事担当者だけではなく現場の上司にも確認してもらうと、診断と実態のギャップをより小さくできます。
人材育成のPDCAを回す
完成したタスク一覧と診断表を、実際の人材育成で運用します。キャリアアップ制度や目標制度に盛り込んで、タスクを遂行するために必要な新しいスキルの習得、習得済みスキルの向上を継続的に行えるように運用ルールを整えます。スキルに関しては、スキルディクショナリを参考にしましょう。目標設定や指導だけではなく、最終的な人事評価にも活用することで、従業員個人の目標と企業としての目標に連動性が生まれます。
そして試行と同様に、実際の運用でも定期的に振り返りと改善を行いましょう。事業計画や市場の変化をこまめに取り入れて改善することで、常に現状に適した人材育成を行うことが可能になります。
まとめ
i コンピテンシ ディクショナリ(iCD)とは、IT領域における企業の成長に必要な業務(タスク)と能力(スキル)を体系的にまとめたものです。これを活用してスキルを可視化することにより、従業員が持つスキルの把握や的確な人材育成を可能にします。
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